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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)191号 判決

アメリカ合衆国

オハイオ州、シンシナチ、ワン、プロクター、エンド、ギャンブル、プラザ

原告

ザ、プロクター、エンド、ギャンブル、カンパニー

代表者

ジェイコブス シー ラッサー

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

同弁理士

佐藤一雄

小野寺捷洋

野一色道夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

佐藤雪枝

伊藤頌二

後藤千恵子

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第11974号事件について、平成9年3月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年12月3日にアメリカ合衆国でした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年12月3日、名称を「漏れ抵抗とフィットの改良のため股緊張手段を有する使い捨てオシメ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(特願昭61-288637号)をしたが、平成8年3月25日に拒絶査定を受けたので、同年7月22日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成8年審判第11974号事件として審理したうえ、平成9年3月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月7日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

「1.前ウエスト部と後ウエスト部とを有し、

(a)液体透過性トップシートと、

(b)前記トップシートに固着された液体不透過性バックシートと、

(c)前記トップシートと前記バックシートとの間に介在され、対向して配置された端部分とこれら端部分間の一対の長手方側縁とを有する吸収性コアと、

(d)前記の前ウエスト部と前記の後ウエスト部との間に配置された股部分と、

(e)一つのサイドフラップが前記吸収性コアの前記長手方側縁の各々に隣接している一対のサイドフラップと、

(f)使用時前記使い捨てオシメの股部分に横方向外向き張力を加えるため前記の各サイドフラップに組合わされた股緊張手段であって、前記の各股緊張手段は、前記の股部分中の取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを経て、前記股部分の長手方外側の位置まで延在する単数または複数の弾性部材を含み、前記の取り付け区域は前記の股部分の中において対向して配置され約153mm以下の距離をもって相互に横方向に離間されるようにした股緊張手段とを含む使い捨てオシメ。」

3  審決の理由

審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願第1発明が、特開昭54-133938号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許請求の範囲に記載されたその余の発明について判断するまでもなく、本願を拒絶すべきものとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願第1発明と引用例発明との相違点(1)及び(2)の認定は、いずれも認める。

審決は、本願第1発明と引用例発明との相違点(1)及び(2)についての判断を誤ったものである(取消事由1及び2)から、違法として取り消されなければならない。

1  相違点(1)の判断誤り(取消事由1)

本願第1発明は、「使い捨てオシメのフィットと収容能力を改良する」及び「排泄物質を直接に使い捨てオシメの吸収性コアの中に指向する事により、流出と漏れを防止する」という目的を達成するために、股緊張手段が使用時のオシメの股部分に対して横方向外向き張力を加える必要があり、そのために、「股緊張手段の取り付け区域は使い捨てオシメ股部分の中において対向位置に、相互に約153mmまたはこれ以下の幅をもって横方向に離間される」という構成を採用したのである。

これに対し、引用例発明は、「ふともものまわりのパッキング作用とそれによる液体の封じ込めを発揮する」という目的を達成するために、「吸収パネルの両わきの全長にわたって収縮力を及ぼすことにより、吸収パネルのわきの長さを縮めて、ここに枕のようなへりのふくらみを形成するように配置」するのであり、本願第1発明のように股部分の横方向外向き張力を有するものではない。

すなわち、引用例(甲第5号証)の記載(同号証7頁左下欄6~14行)によれば、引用例発明でのオシメは、前側のふち52及び後側のふち53が乳児の足又はももの上にあるから、それより外側にある弾性部材手段55も、必ず足又はももの上に存在することになり、この弾性部材手段55は、単に足又はももを丸く締め付けるだけであって、吸収パットを横方向に引っ張るものではあり得ない。引用例においては、たまたま図面に描かれた弾性部材手段が内側に湾曲をした形状をしているので、内側方向への力を生じさせるもののように誤解されるのであるが、明細書と読み比べると、横方向外向き張力を有するものではないことが明らかである。

なお、本願第1発明でも、弾性部材65の一部分(両端部分)が、ももの上に来ることがあり得るが、この部分は、他の部分とともに股緊張手段60として働らくものであり、しかも、本願第1発明では、サイドフラップが尿などの漏れを防ぐ役目を果たしているから、弾性部材自体が、常に必要となるものでもない。

したがって、審決が、「引用例に記載された弾性部材手段も、本願第1発明の股緊張手段と同様におむつの使用中に生じる張力ベクトルが、おむつの長手方中心軸線に対して外向きにほぼ垂直な成分を有し、本願第1発明の股緊張手段と同様の股部の緊張という機能を有するものであるということができる。」(審決書10頁3~9行)と判断したことは、誤りである。

2  相違点(2)の判断誤り(取消事由2)

本願第1発明は、前示のとおり、引用例には全く明示も暗示もされていない、股部において横方向に引っ張るという特段の作用効果を有するものである。そして、本願第1発明の出願当初の明細書に、「横方向外向きの十分な張力をうるためには、この幅Wは約153mm以下かまたは同等でなければならないことが測定された。言い換えれば、もし使い捨てオシメ10の対向配置された取り付け区域70の内側点が相互に約153mm以上の幅で横方向に離間していれば、使い捨てオシメ10の股部分Cの中に作られる横方向外向き張力が不十分になり、前記の利点が得られない」と記載されるとおり、股部分の横方向外向き張力を得るという作用効果を志向しない限り、股緊張手段の取り付け区域の幅Wの臨界点などを研究する必要もなく、当業者であるからといって、取付け区域を約153mm以下にすることは、容易に推考することができない。

したがって、審決が、「股緊張手段の股部分の取り付け区域の対向する距離として限定された153mm以下・・・に限定したことにより格別の作用効果を生じるものとも認められない。」(審決書11頁1~6行)と判断したことは、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

審決は、本願第1発明と引用例発明との相違点(1)の判断において、引用例発明の弾性部材が、本願第1発明の股緊張部材と同様の股部の緊張という機能を有すると判断したものである。なぜなら、引用例では、弾性部材手段が、本願第1発明の第1図に示された実施例における股緊張部材と同様に、「股部分中の吸収性コアの縁に隣接した取り付け区域から股部分の長手方向外側の位置まで延在する」ように記載されており、このような弾性部材の配置によって、本願明細書(甲第2号証)の第1図に示される実施例の説明で述べているように、弾性部材の生じる張力ベクトルがオシメの中心線に対して実質垂直な外側に延びる成分を含むことになり、その結果、本願明細書に定義されているのと同様な「横方向外向き張力」(同号証29頁11~17行)が生じるということができる。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書9頁10行~10頁9行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

原告は、「股部において横方向に引っ張る」ことを、本願第1発明が、股緊張手段の股部分の取付け区域の対向する距離を153mm以下に限定したことによる格別の作用効果であると主張しているが、引用例においても、弾性部材の股部において対向する距離が153mm以下のものを含むことは、引用例の記載から当業者が容易に推測し得るものであるので、本願第1発明において、股緊張手段の間隔が所定の値(153mm)以下であることにより、股部分に横方向外向き張力を与えるのであれば、引用例発明の弾性部材からなる弾性部材手段も、同様に股部に横方向外向き張力を与えることになり、上記の限定が格別の意義のあるものとはいえない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁11行~11頁6行)にも、誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(相違点(1)の判断誤り)について

審決の理由中、本願第1発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願第1発明と引用例発明とが、「股部分中の取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを経て、前記股部分の長手方外側の位置まで延在する単数または複数の弾性部材を含む使い捨てオシメである点」(審決書8頁7~10行)で一致していること、「本願第1発明における単数または複数の弾性部材は、使用時使い捨てオシメの股部分に横方向外向き張力を加えるために前記の各サイドフラップに組合わされた股緊張手段に含まれるものであるのに対し、引用例には、弾性部材からなる弾性部材手段が使用時におむつの股部分に横方向外向き張力を加えるための股緊張手段とは記載されていない点」(審決書8頁13~20行)で相違すること(相違点(1))は、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、本願第1発明のオシメの股部分に生ずる横方向外向き張力について、本願明細書(甲第2、第4号証)には、「この使い捨てオシメはその前ウエスト部と後ウエスト部の中間に股部分を位置させまた各股緊張手段は、好ましくは股部分の吸収性コアの縁に隣接した取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを横切って、股部分の長手方外側の位置まで延在する単数または複数の弾性部材を含む。このような股緊張手段の取り付け区域は使い捨てオシメ股部分の中において対向位置に、相互に約153mmまたはこれ以下の幅をもって横方向に離間される。このようにして、股緊張手段は使用中の使い捨てオシメの股部分に対して横方向外向き張力を加える傾向を示す。」(甲第2号証14頁13行~15頁2行)、「股緊張手段60は使い捨てオシメ10の着用者の股部分Cに対して外向き横方向張力を加えるように、使い捨てオシメ10の長手方両側サイドフラップと作動的に連結されるように図示されている。・・・股緊張手段60は1本の弾性部材65を含む事もできると考えられるが、好ましくは、股部分Cに対する側面外向き張力を均等に成すため、少なくとも2本の相互に対向して配置された弾性部材65を使用する。ここに『対向して配置』とはある分割線、例えばここでは中心線90を挟んで両側に互に同じ構造をなして配置されていることを示す。股緊張手段60は取り付け区域70からそれそれのサイドフラップを横切つて、股部分Cの長手方外側の位置まで延在する。取り付け区域70の正確な位置は重要でないが、使い捨てオシメ10の股部分Cに対して所望の横方向外向き張力を効果的に加えるためには、この取り付け区域70は股部分C内部の吸収性コア40の長手方縁45に隣接して配置される。」(同号証26頁4行~27頁6行、甲第4号証2頁3~7行)、「本明細書において、“横方向外向き”張力とは、本発明による使い捨てオシメの使用中にその股緊張手段の生じる合成張力ベクトルがこの使い捨てオシメの長手方中心線(例えば90)すなわち中心軸線に対して外向きにほぼ垂直な成分を有する必要のある事を意味する。従って、図示の使い捨てオシメ10において、それぞれの弾性部材65の生じる張力ベクトルは、使い捨てオシメの中心線90に対して実質垂直な使い捨てオシメの輪郭線28に向かって外側に延在する成分を含む。弾性部材65の方向はこれらの部材の成す角度Bを変動させる事によって変動する事ができるが、これらの弾性部材の生じる合成張力ベクトルが使い捨てオシメ10に対して外向き張力を加えるように実質外向き成分を含む事が重要である。第1図においては、弾性部材65は取り付け区域70から放射方向外向きに延在して、実質V形の弾性緊張手段60を成している。さらに詳しくは、弾性部材65は、両側の取り付け線70に沿ってV形の股緊張手段60の頂点を成している。この特定のV形の構造は一例として示したに過ぎない。このような横方向外向き張力を生じるためには、弾性部材は必ずしも使い捨てオシメ10の長手方中心線に対して外向きに延在する必要のない事が発見されたからである。例えば、第2図について下記に詳細に説明するように、弾性部材65は使い捨てオシメ中心線に対して実質的に平行な線に沿って相互に同一線上に配置されても、股部分Cに対して所望の横方向外向き張力を生じる事ができる。各弾性部材65の実際の長さは、これらの部材が取り付け区域70から股部分Cの長手方外側位置まで延在するに十分な長さを有する限り、臨界的なものではない。」

(甲第2号証29頁11行~31頁4行)と記載されている。

これらの記載及び本願明細書(甲第2号証)の第1、第2図によれば、本願第1発明において横方向外向き張力が生ずるためには、その使用中に股緊張手段に生じる合成張力ベクトルが、オシメの長手方中心軸線にほぼ垂直な成分を有する必要があり、例えば、前記第1図の実施例のように、弾性部材が取付け区域から放射方向外向きに延在して、実質V形の弾性緊張手段を形成している場合には、これらの弾性部材により生じる合成張カベクトルが、使捨てオシメに対して外向き張力を加えることになる。ただし、このような横方向外向き張力を生ずるためには、弾性部材は、必ずしも使捨てオシメの長手方中心線に対して外向きに延在する必要はなく、弾性部材が、中心線に対して実質的に平行な線に沿って両側に配置されても、股部分に対して横方向外向き張力を生ずることが可能であるとされ、その弾性部材の長さも、取付け区域から股部分の長手方外側位置まで延在するに十分な長さを有すればよく、特に限定されるものではないものと認められる。

他方、引用例(甲第5号証)には、「本発明は、乳児に不快感を与えずにおむつを乳児の胴部にぴつたりそわせることができると同時に、従来よりすぐれたふともものまわりのパツキング作用とそれによる液体の封じ込めを発揮する使い捨ておむつの改良に関する。」(同号証3頁左下欄2~6行)、「この収縮手段はおむつのたて方向のへりに沿つた部分にギヤザーを生ずる作用をするだけでなく、吸収パネルの両わきの全長にわたつて収縮力を及ぼすことにより、吸収パネルのわきの長さを縮めて、ここに枕のようなへりのふくらみを形成するように配置される。」(同号証4頁右上欄1~6行)、「各へこみの前側のふち52は弓形で、へこみの前半分は四分円の形状を有する。使用中に、この前側のふちは乳児の足またはももの内側および前側部分にきて、その部分に良好なフイツトを与える。へこみの後側のふち53は、へこみの最も深い部分からたて方向のふちの部分まで概ね均一に傾斜している。使用中に、この後側のふちは乳児の足またはももの後側をくるみ、その部分に良好なフイツトを与える。」(同号証7頁左下欄6~14行)と記載されている。

これらの記載及び引用例の第2~第6図によれば、引用例発明は、使捨てオシメを乳児に不快感を与えずにその胴部及び太ももにフィットさせること等を目的とし、そのためにオシメの中心軸線に平行した縦方向の両わきに沿って、収縮手段、すなわち弾性部材を設けたものであり、その股部分付近の弾性部材は、股部分中の吸収性コアの両縁に隣接した取付け区域から、長手方向外側の位置まで延在するよう配置され、やや丸みを帯びたV形の形状をしているものと認められる。

そうすると、前示のとおり、本願第1発明の第1図の実施例において、弾性部材が取付け区域から放射方向外向きに延在して、実質V形の弾性緊張手段を形成している場合には、これらの弾性部材により生じる合成張力ベクトルが、使捨てオシメに対して外向き張力を生ずるものとされている以上、これとほぼ同様の形状を有する引用例発明の弾性部材も、横方向外向き張力を生ずることは、技術常識上、当然のことといわなければならない。

原告は、引用例発明の弾性部材が、必ず足又はももの上に存在することになるから、これは、単に足又はももを丸く締め付けるだけであって、吸収パットを横方向に引っ張るものではあり得ないと主張するが、本願第1発明とほぼ同様の形状を有する引用例発明の弾性部材が、横方向外向き張力を有するものではないことの技術的理由は、一切明らかにされておらず、しかも、本願第1発明でも、通常の使用時において、弾性部材の一部分がももの上に来る場合があることは、原告も自認するところであり、その場合でも股緊張手段として働くとする原告の主張は、引用例発明に関する上記主張と、全く矛盾するものといわなければならない。したがって、原告の上記主張には、明らかに理由がなく、到底これを採用することができない。

そうすると、審決が、本願第1発明と引用例発明の相違点(1)について、「引用例に記載された弾性部材手段も、本願第1発明の股緊張手段と同様におむつの使用中に生じる張力ベクトルが、おむつの長手方中心軸線に対して外向きにほぼ垂直な成分を有し、本願第1発明の股緊張手段と同様の股部の緊張という機能を有するものであるということができる。」(審決書10頁3~9行)と判断したことに、誤りはない。

2  取消事由(相違点(2)の判断誤り)について

審決の理由中、引用例に、「股の幅が最も狭い部分、すなわち、パネルのへこみとへこみの間の寸法もおむつのサイズによって異なる。この寸法は、小さい方は新生児用おむつの3~3.5インチ(7.6~8.9cm)程度から、大きい方はかなり大きな乳児用その他の大きなサイズのおむつの4.5インチ(11.4cm)またはそれ以上までに及ぶ。最狭股部の寸法は、たいていのサイズのおむつに対して3.5~4インチ(8.9~10.2cm)で充分である。」(審決書5頁14行~6頁3行)との記載があること、本願第1発明と引用例発明とが、「本願第1発明の股緊張手段の取り付け区域は前記153mm以下の距離をもって相互に横方向に離間されるようにしているのに対し、引用例においては、股部分における弾性部材手段の間隔が限定されていない点」(審決書9頁2~6行)で相違すること(相違点(2))は、いずれも当事者間に争いがない。

上記の引用例の記載によれば、引用例発明においては、最狭股部の寸法が、通常、8.9~10.2cmで充分であるが、新生児では更に狭く、大きなサイズのオシメでは、11.4cm又はそれ以上とされており。その内側に位置される弾性部材の股部において対向する間隔は、それより狭くなるから、弾性部材の間隔が股部分において153mm以下であるとする上記の相違点(2)に係る構成が、引用例発明に開示されていることは、当業者が容易に理解できるところといわなければならない。

原告は、本願第1発明が、股部において横方向に引っ張るという特段の作用効果を有するものであり、このことは、引用例に全く明示も暗示もされていないところ、股部分の横方向外向き張力を得るという作用効果を志向しない限り、股緊張手段の取付け区域の幅の臨界点などを研究する必要もないから、当業者であるからといって、取付け区域を約153mm以下にすることは、容易に推考することができないと主張する。

しかし、引用例発明においても、弾性部材の股部において対向する取付け区域の距離が153mm以下のものが開示されていることは、前示のとおりであり、そのような場合に、本願第1発明と同様の形状を有する弾性部材からなる弾性部材手段を設ければ、本願第1発明と同様に、股部に横方向外向き張力を与えることは、引用例の記載から当業者が容易に推測し得るものであるといえる。

したがって、本願第1発明が特段の作用効果を有するとの原告の主張は、採用できず、審決が、「股緊張手段の股部分の取り付け区域の対向する距離として限定された153mm以下・・・に限定したことにより格別の作用効果を生じるものとも認められない。」(審決書11頁1~6行)と判断したことに、誤りはない。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由には、いずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び付加期間の指定につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第11974号

審決

アメリカ合衆国オハイオ州、シンシナチ、ワン、プロクター、エンド、ギヤンブル、プラザ(番地なし)

請求人 ザ、プロクター、エンド、ギヤンブル、カンパニー

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 佐藤一雄

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 小野寺捷洋

東京都千代田区丸の内3-2-3 富士ビル 協和特許法律事務所内

代理人弁理士 野一色道夫

昭和61年特許願第288637号「漏れ抵抗とフイツトの改良のため股緊張手段を有する使い捨てオシメ」拒絶査定に対する審判事件(昭和62年9月10日出願公開、特開昭62-206002)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、昭和61年12月3日(優先権主張1985年12月3日、アメリカ合衆国)の出願であって、その発明の要旨は、平成8年8月20日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1~15項に記載されたとおりの「使い捨てオシメ」にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は次のとおりである。

「1.前ウエスト部と後ウエスト部とを有し、

(a)液体透過性トップシートと、

(b)前記トップシートに固着された液体不透過性バックシートと、

(c)前記トップシートと前記バックシートとの間に介在され、対向して配置された端部分とこれら端部分間の一対の長手方側縁とを有する吸収性コアと、

(d)前記の前ウエスト部と前記の後ウエスト部との間に配置された股部分と、

(e)一つのサイドフラップが前記吸収性コアの前記長手方側縁の各々に隣接している一対のサイドフラップと、

(f)使用時前記使い捨てオシメの股部分に横方向外向き張力を加えるため前記の各サイドフラップに組合わされた股緊張手段であって、前記の各股緊張手段は、前記の股部分中の取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを経て、前記股部分の長手方外側の位置まで延在する単数または複数の弾性部材を含み、前記の取り付け区域は前記の股部分の中において対向して配置され約153mm以下の距離をもって相互に横方向に離間されるようにした股緊張手段とを含む使い捨てオシメ。」

なお、本願明細書について、平成7年4月18日付けで手続補正がなされたが、これは、平成7年9月14日付けの補正却下の決定により却下され、この決定は確定している。

2.引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由において引用した、特開昭54-133938号公報(昭和54年10月18日公開、以下、「引用例」という。)には、

「乳児の皮膚と接する側に向けられる透水性の前面層、この前面層に固定された水分不透過性の裏面層、該前面層と裏面層の間にはさまれた吸収パット、およびおむつの両わきに縦方向に配置された弾性部材手段を包含する使い捨ておむつであって;該吸収パットは該前面層及び裏面層より小さく、この両者の間に両端の上下および両わきの縁から内側に間隔をあけて配置され、該吸収パッドの中間部分には、両わきのふちの一部が両側とも内側に引っこむことにより幅が狭くなっている部分が形成され;弾性部材手段はおむつの両わきにおいて該吸収パッドの両わきのふちに隣接してたて方向に配置され、、両側の弾性部材手段はいずれも上記のパットの幅の狭い部分において内側に入りこんでいる部分を有し、それによりおむつを乳児にあてたときにふとももの間のフィットが改良される使い捨ておむつ」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、「弾性部材は吸収パットの両わきのふちの輪郭に大体沿わせ、パットの両わきを収縮させるように、物理的接触によりパットの両わきに直接作用するか、或いは裏面層および/または前面層を介して作用することができる」(第5頁右上欄第7~12行)こと、「弾性部材の一部が吸収パットの隣接するへりの下側に重なって、弾性部材を弛緩させたときにパットの両わきのへりに収縮作用を直接及ぼすような弾性部材の配置も本発明の範囲内である。」

(第7頁左上欄第20行~同頁右上欄第4行)こと、「股の幅が最も狭い部分、すなわち、パネルのへこみとへこみの間の寸法もおむつのサイズによって異なる。この寸法は、小さい方は新生児用おむつの3~3.5インチ(7.6~8.9cm)程度から、大きい方はかなり大きいな乳児用その他の大きなサイズのおむつの4.5インチ(11.4cm)またはそれ以上までに及ぶ。最狭股部の寸法は、たいていのサイズのおむつに対して3.5~4インチ(8.9~10.2cm)で充分である。」(第8頁左上欄第6~14行)こと、使用に際し、この使い捨ておむつを乳児にあてるには、乳児のウエストの真下におむつのとめつけ手段が設けられている方の端がくるようにし、手前側に乳児の両足の間にある他端を持ち上げて、乳児の股をおおいウエストの前側までもってくる(第10頁右下欄第6~13行参照)ことなどが、図面とともに示されている。

3.対比

そこで、本願第1発明と引用例に記載された発明とを対比すると、引用例における「使い捨ておむつ」、「透水性の前面層」、「水分不透過性の裏面層」、「吸収パット」は、本願第1発明の「使い捨てオシメ」、「液体透過性のトップシート」、「液体不透過性バックシート」、「吸収性コア」に、引用例において、「吸収パットは該前面層および裏面層より小さく、この両者の間に両者の上下および両わきのふちから内側に間隔をあけて配置され」と記載されているところの吸収パットの両わきに位置する前面層及び裏面層からなる部分は、本願第1発明の「サイドフラップ」にそれぞれ相当し、引用例のおむつの長手方向の端部が、前ウエスト部および後ウエスト部であり、その中間部が股部分であることは引用例のおむつの使用に隙しての説明から、また、引用例の吸収パットが対向して配置された端部分とこれら端部分間の一対の長手方側縁とを有することは図面の記載から明らかであり、引用例の、中間部が幅の狭くなった吸収パットの両わきのふちに隣接してたて方向に配置された「弾性部材」は、「股部分中の取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを経て、股部分の長手方向外側の位置まで延在する弾性部材」ということができるから、本願第1発明と引用例に記載された発明とは、前ウェスト部と後ウエスト部とを有し、液体透過性トップシートと、前記トップシートに固着された液体不透過性バックシートと、前記トップシートと前記バックシートとの間に介在され、対向して配置された端部分とこれら端部分間の一対の長手方側縁とを有する吸収性コァと、前記の前ウエスト部と前記の後ウエスト部との間に配置された股部分と、一つのサイドフラップが前記吸収性コアの前記長手方側縁の各々に隣接している一対のサイドフラップと、前記の股部分中の取り付け区域から、それぞれのサイドフラップを経て、前記股部分の長手方外側の位置まで延在する単数または複数の弾性部材を含む使い捨てオシメである点で一致しており、以下の点で相違している。

相違点(1)

本願第1発明における単数または複数の弾性部材は、使用時使い捨てオシメの股部分に横方向外向き張力を加えるため前記の各サイドフラップに組合わされた股緊張手段に含まれるものであるのに対し、引用例には、弾性部材からなる弾性部材手段が使用時におむつの股部分に横方向外向き張力を加えるための股緊張手段とは記載されていない点。

相違点(2)

本願第1発明の股緊張手段の取り付け区域は前約153mm以下の距離をもって相互に横方向に離間されるようにしているのに対し、引用例においては、股部分における弾性部材手段の間隔が限定されていない点。

4.当審の判断

そこで、前記相違点について検討する。

相違点(1)について

引用例に記載された弾性部材は、特許請求の範囲の「おむつの両わきにおいて該吸収パッドの両わきのふちに隣接してたて方向に配置され」の記載、および図面の記載から、本願第1発明の股緊張手段に使用される弾性部材と同様に、吸収性コアの長手方縁に隣接した取り付け区域から延在しているものということができ、引用例に記載されたおむつの吸収パットの中間部分が内側に引っこむことにより幅が狭くなっているので、その両わきのふちに隣接してたて方向に配置される弾性部材は、中央部から外側に延びるようになることは図面にも記載されているように明らかである。以上の配置から、引用例に記載された弾性部材手段も、本願第1発明の股緊張手段と同様におむつの使用中に生じる張力ベクトルが、おむつの長手方中心軸線に対して外向きにほぼ垂直な成分を有し、本願第1発明の股緊張手段と同様の股部の緊張という機能を有するするものであるということができる。

相違点(2)について

引用例において、「パネル」、「吸収パネル」の用語は「吸収パット」と同義に使われているので、前記の「股の幅が最も狭い部分、すなわち、パネルのへこみとへこみの間」は、本願第1発明の股部分の取り付け区域の対向する吸収性コアの部分に相当する。そして、吸収バットの幅が引用例記載の7.6~11.4cmであるとき、その吸収バットに隣接して設けられ、あるいは、そのへりの下側に重なって配置された弾性部材からなる弾性部材手段の股部において対向する距離が、本願第1発明において、股緊張手段の股部分の取り付け区域の対向する距離として限定された153mm以下のものを含むことは当業者が容易に推測しうるものであり、そのように限定したことにより格別の作用効果を生じるものとも認められない。

5.むすび

以上のとおりであって、本願第1発明は、上記引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、特許請求の範囲に記載されたその余の発明について判断するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年3月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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